犬花マーク


2016.01.13 

プランツパートナーの犬花マークは 多分25年位続いている。
経営者のエゴは出さないと思っているが、この点だけは通して頂いている。

創業後 まもなく、我が家の飼い犬1号のランラン号を亡くし、犬花マークを思いたった。
最初は、素人に毛の生えたようなデザインで、今は残っていない。
現在2度目のデザインも、今年からは このマークを使っていくと 社内の皆さんにも お願いした。

今回は 本物の画家、「平野はるひ」先生(関西在住)。
おととしの暮れに 初めて東急本店の個展を見て、ほとんどの作品が、犬 花 人物を 独特のタッチで画かれ、見てる方としても癒され、心あたたまる感じで、多分 何時間見ていても飽きない画で、昨年10月の個展で 思い切って 1枚購入。
その時、先生にお願いし 書いてくださったのが下の4点。

プリント  プリント  マークC   マークD

取りあえず今年はそのうちのこちら。

プリント
名刺、封筒、ユニフォームと 使わせていただくこととした。

平野先生ありがとうございました。
大切に使わせていただきます。

 

遅まきながら おめでとうございます。


2016.01.06 

今年も プランツパートナー よろしくお願いします。

暖冬の3が日、親戚の集まり以外 寝るかテレビ観戦の3日間。
勿論 箱根駅伝では、母校が独走の連覇。再びの感動の涙、涙で メデダシ メデタシ。

朝は、裏日の朝のように 愛犬ゴディ号と、早朝 駒沢公園へ。
無人のドッグランを貸切状態での毎朝。
日の出頃、帰り道で感じたのは、各家庭を見て 以前に比べ 門松 〆飾りが かなり減ってきていること。比較的、年齢層の高い ここらの住宅地でこれでは、若い家庭は もっと離れているのかなぁ。

はるか昔、幼少の頃の正月風景は、国旗(日の丸) 門松 〆飾りの3点セットが 当たり前なのが、国旗掲揚はともかく、門松 〆飾りも少ないのは 寂しいものだ。(そういう我が家も ワイフの宗教上の都合で、毎年、わずかに Christmasリースに正月飾りをつける程度だが)

暮れの花屋さんを見ても 総じて 元気の良い花屋さんは、住宅街立地の限られた店のみ。他の物日同様、スーパー、量販に任せてしまったのか。
花ビジネスは 冠婚葬祭や教室のみに 目を向けすぎ、あるいはギフトショップに特化し、店頭販売の売れ行きが 伸び悩んで久しい。

我々 仲卸にとっても 花屋さんが活発に売れてくれなければ 成り立たず、正月早々 問題提起をなげかけたものだ。
これには 需要創造以外 花業界の発展はないというのが 私の持論だが如何?

女性の時代


2015.11.20 

先日、「深代惇郎さんの天声人語」の本を購入。
新聞を読み始めてから、慣れ親しんだ朝日新聞の一面で 毎日書かれたコラムである。
深代さんは、荒垣秀雄さんと並ぶ、朝日の名物コラムニストであり、確か50歳前に若くして 急逝された。

この本の中で、女性の活躍について書かれたコラム、1928年ベルリンオリンピック女子800m走で、日本の人見絹江さんが2位に入った。 しかし 9名の走者全員ゴールするや バタバタと倒れ、それ以後 しばらくは女子は400m走までに変わったという。

しかし、ここで深代さんは 将来の女性の活躍を マラソンやサッカーで、予言していた。
このコラムが 昭和49年に書かれたが、以来50年足らずで ここまでの女性の活躍を、深代さんは予想されたであろうか。

スポーツの分野でも、陸上では3000mマラソン、棒高跳びや ほとんどの陸上種目が女子でも行われている。また、球技でも サッカー ラグビー、更に格闘技で レスリング ボクシングと、欧米からまず始められ、日本でも相撲でさえ 女性進出となっている。
政治 経済でも、欧米が先んじて イギリスのサッチャーから始まり、現在のドイツ メルケル首相、実業界でも 特にアメリカが最も進んでいて、大企業のトップも珍しくない。

省みるに、日本は やや遅れをとっており、まだまだの感はぬぐえない。
更に 反省するなら、我社もしかり。
40名の社員で、女性管理職2名のみと、ひとえに私が悪いと 猛省してるしだい。

あとは これからの人たちにお願いするしかないか。

 

殺処分ゼロを目指して


2015.11.13 

犬猫の保健所での殺処分に対して、今迄色々な分野の方が叫んできた。
ロック歌手からタレントの方々という有名人も 率先してこの運動を行っている。

私も リタイアしたら、この運動に ボランティアとして お仲間にいれてもらおうと思っていた。
しかし、先日こうした犬たちの里親募集の場に行き、衝撃を受けた。
青山の国連大学の中庭で 行っていたもので、私の後輩も参加している団体も来てるというので、行ってみて 自分の考え方の甘さを知った。

犬種毎に分けられた団体、私の好きなレトリバー系も10頭ほど居た。
ほとんどが、飼い主が 年老いた犬の飼育拒否であり、皆 飼い主に裏切られたというような悲しい目をしており、私も将来 ボランティアをすれば、多分 1頭や2頭 預かったり、引き取ることも覚悟していたものの、このような犬たちの老後を看取れるのか、いささか自信を無くした。

我が家でも、過去3頭 老後の面倒も見たが、事故で失くした「サンタ」以外は、家中 新聞紙を敷いて、排せつに備えたり、25kgの「ハナ」を2階まで 抱っこしたりと、大変な思いをしてきた。
果たして、老夫婦2人で また 現在の住まいで できるのか。心身両面で、不安が先に来る。

思うところがあり、20年位続けた盲導犬協会への 微々たる支援も 昨年でやめ、今年からは、この運動に参加しようとしているのだが、この具合。
取りあえず、まず自分の会社のできる範囲での協力を という事で、募金箱も これからは店頭に置きますので、皆様にも よろしくご協力くださるよう この場を借りて お願い申し上げます。

 

 

昭和は遠く…


2015.03.27 

渋谷「東急プラザ」が閉館した。「東急文化会館」(現ヒカリエ)、「東横(東急百貨店)」と、姿を消していく。
更に 先月「こどもの城」も閉館。10月には「渋谷公会堂」もなくなるとのこと。

1か月前、東急プラザで ビルの回顧展。セピア色にも見える写真展であった。
見終わったあと、9階のロゴスキー(ロシア料理)は、超満員。我々同様、年輩者が多く、ノスタルジーに浸る人々であろう。

私にとって、渋谷は 4年間の学生生活。30代から40代にかけて 10年近く住まい、二人の子供も 今は廃校となった渋谷小学校出身である。
更に、仕事(花門)も、今では中央区に移ったが、私が居た20年間は ずっと渋谷区を本社としてきた。
都電の青山倉庫は空き地であり、恰好の愛犬のドッグランとして 利用させていただいた。
確か 国連大学、こどもの城は その頃 この場所にできたものだ。

学生時代、渋谷公園近くの「ナカタニ」という おしゃれなカフェでのデート。文化会館のプラネタリウムや、となりの「フランセ」という 喫茶店で過ごした時間。そして、この地に住まい、バブルの絶頂期を過ごした日々。
私にとっては、渋谷はパラダイスのような想い出の地であった。

2020年の東急オリンピックに向けての町づくりの一環だそうだが、果たして 昔より良い町づくりができるのであろうか。高層ビル群に囲まれた渋谷の町は 想像しにくいし、私も存在していないだろう。

勿論、年寄りのグチではあるが、まさに昭和は遠くになりにけり!!